これまで3回に分けてうだうだ書いてきたののまとめです。
ストリーミング配信で音楽の価値は本当に下がったのか?という話。
ストリーミングサービスで音楽の価値は下がったのか!?という話。その1。
ストリーミングサービスで音楽の価値は下がったのか!?という話。その2。
ストリーミングサービスで音楽の価値は下がったのか!?という話。その3。
これまで考えてきた流れを箇条書きにしてみましょう。
- CD1枚売れれば110円だったアーティストへのインセンティブがストリーミング1再生あたり0.16円に下がった。
- 1再生あたりに直して比較すると、CDとストリーミングのインセンティブは約1/5ぐらいになっている。
- テクノロジーの進化によってCDやレコードの製造コストが下がった。
- テクノロジーの進化によってレコーディングのコストも下がった。
- そのため企業ではなく個人でも音質良くレコーディングできるようになった。
- CDがレコードに取って代わった時点で、音楽の流通商品がアナログからデジタルへと変化した。
- デジタルデータはコンピュータとインターネットによる配信が安易。複製も簡単。
- そもそも音楽を売るのにCDという物質さえ必要でなくなった。
- 音楽の生産コストが下がった。
- コストが下がれば販売価格も下がる。
- 戦後の日本は経済成長とバブルの歴史だった。音楽業界の拡大はその流れに合致する。
- バブル崩壊までの日本はインフレだった。バブル崩壊後はデフレ。
- インフレ下ではお金の価値が下がり、デフレ下ではお金の価値が上がる。
- 1989年の日経平均株価最高値からくらべると現在の値は約1/2ほどになっている。
- この日本円の価値の推移を考慮に入れるとアーティストへのインセンティブの減少値は約1/3ほどと見積もれる。
- レコードやCDが売れ、ヒットチャートが世間を賑わしてた時代は音楽が重要なコミュニケーションの素材だった。
- SNSやネットサービスの普及でコミュニケーションのための話題が多様化した。
- 相対的に音楽に要求されるコミュニケーションの素材としての価値が減った。
- より純粋に音楽の音楽性を楽しむことに価値の置かれる時代になった。
音楽の流通商品を作るのにも、販売方法がデータでの配信になったことで
CDやブックレットやジャケットの生産コストかからなくなったり、
流通コストもいらなくなったりしています。
その上で、円の価値変動等も踏まえて考えるとインセンティブが約1/3に減少している。
どうですかね。
どう思いますか。
例えばCDが1枚3000円だったのが、ストリーミングだと月額980円聴き放題っていう変化。
これは、変じゃないと思います。というか当然の流れかと。
CDなんていうのは既得権益の塊みたいなもので、
レコード会社のいろんな都合が価格に上乗せされていたことでしょう。
それがなくなって、ブックレットとかの制作費がなくなって、
CDも焼かなくて済んで、流通にものせなくてよくなって、
手軽に複製して配信できるようになったら、その商品価格はぐっと下がることは
自然の摂理というか資本主義のお約束というか。
なので、ストリーミングになってCD全盛期ほどの売り上げが取れない、と嘆くのは
「昔が異常だったのでは?」という話な気がします。
ただ今回の騒ぎに立ってみると、問題なのは、
音楽の流通商品価格が下がると同時に、アーティストへのインセンティブも下げられているという点。
これはどう考えればいいのでしょうか。
この、約1/3のインセンティブ減少。
これは、作品創造の供給が多くなって、アーティストが飽和状態になっているために
価格が買い叩かれてるという風にとれるのではないでしょうか。
供給が多すぎるから、相場が下がっている。
テクノロジーの進歩による「誰でもレコーディングして曲を発信できる」
という状態に起因している動きですね。
昔は限られた人しか自分の曲を多くの人に聞いてもらうことなんてできませんでしたが、
今は誰でもミュージシャンと名乗って、ウェブ上で作品発表できます。
世に出される楽曲の数は、昔の3倍どころではないでしょう。
にもかかわらず、インセンティブの価格が1/3程度に収まっているとすれば
まあ悪くはない値段です。
◯価格は、価値とイコールではない
あくまでも、今まで扱ってきたのは「価格」です。
価格は、需要と供給のバランスとか、世界経済の状況とか、
ほんとにいろんな要因に左右されて決定されます。
テクノロジーが発達し、参入障壁が少なくなり、生産者が増え、供給量が増えれば、
自ずとひとつの商品の価格は下がっていきます。
けれど、価格が下がったとしても、そのものの「価値」までもが下がるわけではありません。
金の価格は上がったり下がったりしますが、
金の価格が下がったからといって、金自体の価値がなくなったわけではありません。
僕たちアーティストやミュージシャンが忘れてはいけないのはこの点です。
価格は、価値とイコールではありません。
楽曲の販売価格が下がったからといって、その曲の価値がなくなったわけではないのです。
その証拠に、コンサートやフェスには、まだまだたくさんの音楽ファンが集います。
時には1万円を超えるような高額なチケット代を払ってでも
その音楽を聴きに来てくれる人はちゃんといるのです。
とはいえ、収入が少なくなったら生活していけなくて困るのも当然です。
販売価格が下がるということは単価が下がるということですから、
販売数が変動しなければ利益が下がるのは当然のことです。
しかも、おそらくCD全盛期の頃よりも販売数も減っています。
単価も下がり販売数も下がったら、利益の下降もかなりの急降下でしょう。
音楽業界も尻すぼみのはずです。
この状況を打破するには、単価を上げるか、販売数を上げるかです。
でも、単価を上げるのは今更難しいでしょうから、販売数を上げることに注力していくのが
ベターなのでしょう。
けれど、欧米や日本の市場はすでに開拓されています。
その状況で販売数を上げていくために重要な市場はズバリ
インド・東南アジア・アフリカになってくるのではないでしょうか。
ストリーミングがこれだけ普及し、ネットサービスがインフラ化している現代。
今はまだネットが通ってない地域にもネットを行き渡らせようと、
気球(?)のような空中に浮かぶ装置を導入するプロジェクトもグーグルで進んでいるようです。
モバイル端末こそ音楽配信の要所になってくるでしょうし、
そこに最適化した音楽のかたちを模索していく必要がありそうです。
しかも、その市場は欧米ではなくインド・東南アジア・アフリカです。
人口が増えていくところ、未開拓の地への戦略に舵を切っていかなければなりません。
レコード会社やレーベルといった大きな資本をもった組織でももちろんですが、
個人レベルで楽曲を発信しているアーティストにとっても必要な視点でしょう。
また、やり方次第では単価を上げることも可能です。
ファン集団を囲い込み、高度にサロン化していくと言う方法があります。
プライベートSNSなどを活用したり、もちろん既存のサービスを使うことも可能です。
(Apple Music 騒ぎでテイラー・スウィフトが利用したのは、自らのファンが集う
tumbler での自身の影響力でした。さながら彼女を擁護する巨大サロン。)
こういった強いファンが属する母集団は、実際的な収入に繋がらずとも
それ自体に強大な価値があります。
音楽の価格は、従来の流通の発想のままだと安くなっていく一方かもしれません。
けれど、音楽の価値までもが減少していくわけではありません。
これは、アーティストやミュージシャンが矜持を持って、見失わないようにすべきことです。
いまは過渡期なので、確かに収入の面で難しい問題があるかもしれませんが、
次のビジネスモデルを見つけることができれば、
市場規模の問題も解決されていくはずです。
そしてなにより、嵐のような音楽業界を取り巻く状況の変化のなかにおいても
音楽の価値は未だ失われていません。
むしろ、音楽の流通商品に求められるニーズは、
その音楽性により純粋にフォーカスされてきています。
これは音楽自体の価値が見直されているとも捉えられるのではないでしょうか。
ということで、僕はストリーミングうんぬんが引き起こしている事態を
けっこう楽観的にみています。
既得権益が崩れるタイミングは、新規参入者にとってはチャンスです。
流通コストもいらなくなったりしています。
その上で、円の価値変動等も踏まえて考えるとインセンティブが約1/3に減少している。
どうですかね。
どう思いますか。
例えばCDが1枚3000円だったのが、ストリーミングだと月額980円聴き放題っていう変化。
これは、変じゃないと思います。というか当然の流れかと。
CDなんていうのは既得権益の塊みたいなもので、
レコード会社のいろんな都合が価格に上乗せされていたことでしょう。
それがなくなって、ブックレットとかの制作費がなくなって、
CDも焼かなくて済んで、流通にものせなくてよくなって、
手軽に複製して配信できるようになったら、その商品価格はぐっと下がることは
自然の摂理というか資本主義のお約束というか。
なので、ストリーミングになってCD全盛期ほどの売り上げが取れない、と嘆くのは
「昔が異常だったのでは?」という話な気がします。
ただ今回の騒ぎに立ってみると、問題なのは、
音楽の流通商品価格が下がると同時に、アーティストへのインセンティブも下げられているという点。
これはどう考えればいいのでしょうか。
この、約1/3のインセンティブ減少。
これは、作品創造の供給が多くなって、アーティストが飽和状態になっているために
価格が買い叩かれてるという風にとれるのではないでしょうか。
供給が多すぎるから、相場が下がっている。
テクノロジーの進歩による「誰でもレコーディングして曲を発信できる」
という状態に起因している動きですね。
昔は限られた人しか自分の曲を多くの人に聞いてもらうことなんてできませんでしたが、
今は誰でもミュージシャンと名乗って、ウェブ上で作品発表できます。
世に出される楽曲の数は、昔の3倍どころではないでしょう。
にもかかわらず、インセンティブの価格が1/3程度に収まっているとすれば
まあ悪くはない値段です。
◯価格は、価値とイコールではない
あくまでも、今まで扱ってきたのは「価格」です。
価格は、需要と供給のバランスとか、世界経済の状況とか、
ほんとにいろんな要因に左右されて決定されます。
テクノロジーが発達し、参入障壁が少なくなり、生産者が増え、供給量が増えれば、
自ずとひとつの商品の価格は下がっていきます。
けれど、価格が下がったとしても、そのものの「価値」までもが下がるわけではありません。
金の価格は上がったり下がったりしますが、
金の価格が下がったからといって、金自体の価値がなくなったわけではありません。
僕たちアーティストやミュージシャンが忘れてはいけないのはこの点です。
価格は、価値とイコールではありません。
楽曲の販売価格が下がったからといって、その曲の価値がなくなったわけではないのです。
その証拠に、コンサートやフェスには、まだまだたくさんの音楽ファンが集います。
時には1万円を超えるような高額なチケット代を払ってでも
その音楽を聴きに来てくれる人はちゃんといるのです。
とはいえ、収入が少なくなったら生活していけなくて困るのも当然です。
販売価格が下がるということは単価が下がるということですから、
販売数が変動しなければ利益が下がるのは当然のことです。
しかも、おそらくCD全盛期の頃よりも販売数も減っています。
単価も下がり販売数も下がったら、利益の下降もかなりの急降下でしょう。
音楽業界も尻すぼみのはずです。
この状況を打破するには、単価を上げるか、販売数を上げるかです。
でも、単価を上げるのは今更難しいでしょうから、販売数を上げることに注力していくのが
ベターなのでしょう。
けれど、欧米や日本の市場はすでに開拓されています。
その状況で販売数を上げていくために重要な市場はズバリ
インド・東南アジア・アフリカになってくるのではないでしょうか。
ストリーミングがこれだけ普及し、ネットサービスがインフラ化している現代。
今はまだネットが通ってない地域にもネットを行き渡らせようと、
気球(?)のような空中に浮かぶ装置を導入するプロジェクトもグーグルで進んでいるようです。
モバイル端末こそ音楽配信の要所になってくるでしょうし、
そこに最適化した音楽のかたちを模索していく必要がありそうです。
しかも、その市場は欧米ではなくインド・東南アジア・アフリカです。
人口が増えていくところ、未開拓の地への戦略に舵を切っていかなければなりません。
レコード会社やレーベルといった大きな資本をもった組織でももちろんですが、
個人レベルで楽曲を発信しているアーティストにとっても必要な視点でしょう。
また、やり方次第では単価を上げることも可能です。
ファン集団を囲い込み、高度にサロン化していくと言う方法があります。
プライベートSNSなどを活用したり、もちろん既存のサービスを使うことも可能です。
(Apple Music 騒ぎでテイラー・スウィフトが利用したのは、自らのファンが集う
tumbler での自身の影響力でした。さながら彼女を擁護する巨大サロン。)
こういった強いファンが属する母集団は、実際的な収入に繋がらずとも
それ自体に強大な価値があります。
音楽の価格は、従来の流通の発想のままだと安くなっていく一方かもしれません。
けれど、音楽の価値までもが減少していくわけではありません。
これは、アーティストやミュージシャンが矜持を持って、見失わないようにすべきことです。
いまは過渡期なので、確かに収入の面で難しい問題があるかもしれませんが、
次のビジネスモデルを見つけることができれば、
市場規模の問題も解決されていくはずです。
そしてなにより、嵐のような音楽業界を取り巻く状況の変化のなかにおいても
音楽の価値は未だ失われていません。
むしろ、音楽の流通商品に求められるニーズは、
その音楽性により純粋にフォーカスされてきています。
これは音楽自体の価値が見直されているとも捉えられるのではないでしょうか。
ということで、僕はストリーミングうんぬんが引き起こしている事態を
けっこう楽観的にみています。
既得権益が崩れるタイミングは、新規参入者にとってはチャンスです。
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