2015年6月5日金曜日

活字を受け入れられるかどうかが余裕のバロメーター、という話。






いまの自分に余裕があるかないかは、
活字を読めるかどうか(読む気があるかどうか?)でだいたいわかります。
「本読みたい!ニュース読みたい!活字欲しい!」ってときは余裕のあるとき。
そういうときはニュースサイトでも本でも、いくらでも読めます。

でも、読みたいと思って買った本でも、普段なら興味あるニュースでも
開いてみたはいいけど中身が頭に入ってこない、紙の上の模様を目が追うだけ状態のときは
よくよく考えてみると本番がしばらく先に控えていたり、
譜読みしなければいけない曲が山積みになっているようなときです。


僕の日常は、


  1. 自分が演奏する本番
  2. その準備のための練習・譜読み期間
  3. その狭間にあるフリーとき or 教える仕事のとき


の3パターンでだいたい回ってます。
なるべく情報はインプットしたいな、本やニュースには常に触れていたいなと思うんですけど、
1や2が差し迫ってるときにはやっぱり難しいですね。



おとといぐらいまでは、櫛形中での芸術鑑賞会と長津田保育園の音楽会が立て込んでたので、
ニュースサイトをぼーっと眺めるだけ週間でした。
昨日今日はというとその反動で、いろんなニュースサイトと本を追っかけまくってます。


今月の20日と21日にも演奏会を控えてますが、
いまのところポジティブな日常サイクルの中で、
インプットの量も確保できてます。
来週ぐらいになると、その余裕がなくなっていくんでしょうね。



本番のある期間が続くと、浦島太郎のような状態に陥ります。
なにか重大な出来事がおきても、それをフォローする余裕がないものだから
世間についての情報をインプットしていられない。
本番が終わってちょっと一息ついてみると、
記憶にあったものとは全く別のニュースが世間を賑わしている。
ここはどこ私はだれ状態。




情報過多すぎるのはよくないとかいう話も最近聞きますけど、
僕はいろんな情報に触れていることが好きです。
社会の動向や、ビジネスシーンの流行の変化なんかからは、
自分のやりたいことについての考察が得られたりしますし、
それ以上に、世の中のしくみについては、考えると面白いことがたくさんあります。
大学時代までは自分の専門(声楽)のことと、虚勢を張ることだけでいっぱいいっぱいだったから、
そんな世間のいろいろなことについて考える余裕なんかなかったんですけど。






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